20260508_倉敷事業所正門

あきらめずに、やり抜く

液晶の画面、ランドセル、マヨネーズのボトル。一見、何のつながりもないこれらのものを、ひとつの会社の技術が支えている。株式会社クラレだ。1926年に岡山県倉敷市で創立され、今年で100周年を迎えた。その歩みとこれからについて、発祥の地・倉敷事業所の事業所長、小橋俊文に話を聞いた。

始まりは、人造絹糸「レイヨン」だった。当時の最先端技術である。社名の「クラレ」は、創立時の「倉敷レーヨン」に由来する。

戦後まもない1950年、クラレは国産初の合成繊維「ビニロン」の工業化に成功する。率いたのは、当時の社長・大原總一郎。日本の産業を復興する——その使命感のもと、品質を突き詰めるために原料からの一貫生産にこだわった。周囲からは無謀とも言われた大投資だった。

それでも、やり抜いた。

あきらめずにやり抜く執念。それは今も、クラレのDNAとして受け継がれている。

繊維で磨いた高分子化学・合成化学の技術を武器に、クラレは化学へと領域を広げていく。今や売上の8割以上を化学関連事業が占める、スペシャリティ化学メーカーだ。

その製品は、実は私たちのすぐそばにある。

テレビやスマートフォンの液晶表示に欠かせない「光学用ポバールフィルム」。ランドセルなどに使われる人工皮革「クラリーノ」。マヨネーズのボトルやかつお節のパックを包むEVOH樹脂「エバール」。高いガスバリア性で食品を長持ちさせ、食品ロスの削減にもつながっている。消費者が直接買うことはない。だが、世界中の暮らしを支えている。

強みは二つある。自然界の優れた素材を化学の力で代替する独自技術。そして、原料からの一貫生産。独自技術から生まれた世界トップシェア製品が、売上の6割以上を占める。原料から自ら手がけるからこそ技術が蓄積され、応用の幅が生まれる。他社が簡単に真似できるものではない。

化学の世界では、新しい事業がひとつ立ち上がるまでに十数年かかることも珍しくない。その間、他の事業でしっかり稼ぎ、次の研究へ資金を回し続ける。目先の利益にとらわれず、地道に技術を磨く。その粘り強さこそが、クラレの本当の強さだ。

製品の多くはBtoB。だから倉敷事業所では、販売や開発の担当者が工場の社員に、製品が社会のどこで役立っているかを伝える場を増やしている。自分の仕事が世の中につながっていると知ること。それが働く誇りになる。

倉敷は、クラレの根幹である。創業者らは「社会から得た財はすべて社会に返す」という信念のもと、大原美術館や倉敷中央病院を設立し、地域の文化と医療を支えてきた。その「大原イズム」は、今も倉敷の街に息づいている。
冬には「クリスマスファンタジー」。35年以上続くイルミネーションは、社員が自社のポリエステル綿を飾りに使いたいと自発的に始めたものだ。夏には地域の人々を招く「サマーフェスタ」。敷地内の緑地「小鳥の森」の保全も続けている。地域の信頼と期待は、今も厚い。

行動原則の第一は「安全はすべての礎」。人を傷つけない環境を守ったうえで、次の100年への挑戦が始まっている。倉敷事業所では、ディスプレイの大型化に応える高品質な光学用ポバールフィルムの生産を強化中だ。グループ全体では、PFAS除去用の活性炭、歯科材料、細胞培養の足場となるPVAマイクロキャリア「スキャポバ」など、環境・健康・先端医療の分野へと歩みを広げている。

「過去の成功と失敗から真摯に学んで、社会課題を解決する製品を届け続けたい」と小橋は語る。

レイヨンから始まった100年。無謀と言われた挑戦を、あきらめずにやり抜いた人たちがいた。その執念は、次の100年へと確かに受け継がれている。

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