キャビアイメージ

自らの価値を信じ抜け

宮崎県。温暖な南国の地でチョウザメが育てられていることを知る人は、まだそう多くないかもしれない。その卵から生まれるのが、G7サミットの食卓に並び、国際線ファーストクラスで供される「宮崎キャビア1983」だ。手がけるのはジャパンキャビア株式会社。代表取締役・坂元基雄に、その歩みを聞いた。

坂元は1961年、宮崎県日南市に生まれた。もとは建設会社の営業部長である。2004年、新規事業としてチョウザメ養殖に出会った。畑違いもいいところだ。だが坂元は、そこに人生を賭けると決めた。

物語の起点は、さらに20年ほど遡る。1983年、宮崎県がチョウザメの研究を始めた。ブランド名に刻まれた「1983」はその年だ。2004年に民間での養殖が始まったものの、事業化への道筋はまだ見えなかった。

転機は2012年に訪れる。卵が予想より早く採れるとわかったのだ。坂元は養殖業者たちに呼びかけた。

「個々の業者が競い合うんじゃなく、一つのブランドに力を集中させて日本一を目指そう」

翌2013年、11の業者が集まり「宮崎キャビア事業協同組合」が発足する。ようやく完成した商品を、フランス人シェフに味わってもらった。返ってきたのは、容赦のない一言だった。

「こんなのはキャビアじゃない」

足りなかったのは「熟成」である。海外メーカーが秘してきたその概念を、当時の彼らは知らなかった。そこから、何千回ものテストが始まった。失敗し、また仕込む。その繰り返しの果てに、独自の「本格長期熟成技術」が生まれた。

2016年、組合は株式会社へと姿を変える。海外輸出を見据え、世界水準の工場を建てるためだ。同じ年、「G7伊勢志摩サミット」での採用が決まった。国産キャビアがほとんど知られていなかった時代に、世界の首脳が集う食卓へ宮崎の粒が並んだ。坂元はその瞬間を「夜明け」と呼ぶ。

目指すのは、日本人が心からおいしいと思えるキャビアだ。一般的な輸入品は保存性を優先するが、ジャパンキャビアは塩分約3%の低塩分、無添加での長期熟成を貫く。それを支えるのが、床からも菌を検出させないクリーンルームと、IoTによる緻密な品質管理である。

そして最後は、人の手だ。工場では、キャビアに付いた不純物をピンセットで一粒ずつ取り除く。見学に訪れた海外のシェフは、思わず「クレイジーだ!」と声を上げるという。

「情熱と最新のテクノロジーを掛け合わせれば、宮崎の小さな企業でも世界のトップブランドと互角に戦えるんです」と坂元は語る。

いま坂元が挑んでいるのは、キャビアの常識そのものだ。日本では、特別な日に料理の端へ少し添える「飾るもの」。その既成概念を覆し、「食べるキャビア」の文化をつくりたい。醤油や出汁の旨味を取り入れた「和風キャビア」は、その答えのひとつだ。海外のVIPやインバウンド客からも高い評価を得ている。

大学との共同研究では、チョウザメの成長を早める技術や、メスだけを効率よく産ませる技術に目処をつけた。原価を抑え、キャビアをもっと身近にするためだ。社内では業務の半分をAIに任せている。「中小企業にこそAIが必要」——少人数のまま売上を倍増させ、新たな挑戦に時間を割くための選択である。

宮崎という土地も、大きな武器だ。温暖な気候はチョウザメの成長を2〜3年早め、清らかな水が健やかな魚を育てる。行政の研究、民間の養殖、そして加工・販売。地元の金融機関も、新しい産業の芽を支えてくれた。坂元はそれを「チーム宮崎」と呼ぶ。

EUへの輸出基準もすでにクリアした。和風キャビア、次世代養殖、AI組織。この3つの軸で、名実ともに世界に通用するキャビアメーカーを目指す。

「宮崎の小さな企業でも、世界は目指せる。大切なのは、常識を疑う勇気と、自らの価値を信じ抜く情熱です」

「こんなのはキャビアじゃない」——そう言われたあの日、坂元は諦めなかった。宮崎の水を、宮崎の仲間を、そして自分たちのキャビアを信じ続けた。その一粒一粒が、いま世界の食卓で、自らの価値を静かに証明している。

 

SHARE

DISCOVER MORE