岡山県赤磐市—。穏やかな風景が広がるこの地に拠点を構える「マスカット整形外科医院」は、単なる医療機関という枠組みを軽やかに超えた存在だ。理事長を務める渡辺雅仁は、整形外科やリハビリテーション、リウマチの専門的な診療を主軸としながらも、「風邪を引いた」といった地域住民の些細なSOSにも決して背を向けず、柔軟に受け入れている。

彼らが最大の武器としているのは、最新の医療機器以上に「地域への徹底した密着」である。現場で汗を流す職員のほとんどが地元の人間であり、この街の空気や人々の暮らしの事情を、皮膚感覚で理解している者たちばかりで構成されているのだ。無機質な診察室ではなく、体温の通った対話がそこにはある。渡辺は静かに、しかし確かな実感を持ってこう語る。
「患者さんに寄り添えるというのが一番の魅力かなとは、思っています」
渡辺が整形外科医としての道を歩むことになった背景には、彼の人生の軌道を決定づけた、ひとりの恩師の強烈な存在がある。
時計の針を少し戻す。医学部5年生の時、渡辺は自身の進路に深く、そして泥臭く悩んでいた。乳腺や呼吸器などを扱う一般外科に進むべきか、それとも整形外科か—。どちらの世界も魅力的で、どうしても答えが出ない。もがき苦しんだ末、彼は恩師に「悩んでいるんです」と電話をかけた。すると恩師は「今からおいで」と彼を夜の街へ呼び出し、あろうことか高級クラブへと連れて行ったのだという。
きらびやかな喧騒、グラスの鳴る音。そんな華やかな空間で、恩師は席につこうとした女性を制し、「これからこの子と話があるから、ちょっとカウンター使わせて」と言い放った。高級クラブの片隅、少し薄暗いカウンター。恩師はそこで、ひとりの学生の青臭い悩みにじっと耳を傾けた。そして、グラス越しにこう告げたのだ。
「僕が面倒見るから。うちに来るんだったら最後まで面倒見るよ」
損得勘定のない、純粋な引き受け。この一言が、渡辺の腹を決めた。彼が数ある選択肢の中からこの科を選び取った、最大の理由である。

一方、医療の最前線で日々患者の体に直接触れ、向き合い続ける男がいる。理学療法士の守安啓だ。彼もまた、独自の確固たる哲学を持って現場に立っている。
加齢やケガで筋力が落ち、バランスを崩して傾きかけたり、反れそうになったりしている患者たち。守安は彼らの体に触れ、歪みを真っ直ぐにし、再び自分の足で歩めるようにサポートを続ける。それは単なる機能回復訓練ではなく、患者の日常を取り戻す戦いでもある。守安は自身の役割を、ある素朴な言葉に例えてこう語る。
「人生変えるって言ったら大げさなんですけど……また歩めるようにサポートをして、『添え木』にもなれたらいいな、と」
来院した患者が少しでも痛みを忘れ、笑って帰っていくこと。それが守安の何よりの願いだ。だが、彼の視線はさらに先を見据えている。将来的には地域のスポーツ選手なども積極的に引き込み、院長の的確な診断と自身のリハビリをシームレスに連携させる。そうして「何かあればあそこに行きたい」と思わせるような、地域社会における一つの確固たる「ハブ(きっかけ)」となる場所を作り上げたいと彼は熱を込めて語る。

現在、マスカット整形外科医院は赤磐市の1院のみである。だが、渡辺の視線はすでに次の荒野を見据えている。赤磐で地道に培ってきた地域密着の医療を、2院目として岡山市でも実現すべく、すでに構想を練り始めているのだ。さらに彼の野望はそこにとどまらない。ゆくゆくは岡山県全体で地域に根ざした医療を展開し、それらを束ねて統括できるような強固な組織を作り上げることを目指している。
果てしない挑戦を続け、組織を牽引する渡辺の根底には、彼の座右の銘である「一隅を照らせ」という強い精神が脈打っている。

「置かれた場所でまず一生懸命頑張る。頑張っていれば必ず次のことが出てくるので、それを見つけた時にはもう迷わず挑戦して、またそこで頑張る」
渡辺はそう語る。与えられた場所で泥臭く全力を尽くし、次なる扉をこじ開け続ける。小さな一隅を照らすその光の連続が、いつしか巨大なうねりとなり、地域全体を眩しく照らし出していくのだろう。最後に、渡辺はレンズの向こう側にいるまだ見ぬ同志に語りかけるように、少しだけ表情を和らげてこう締めくくった。
「同じ時代に生きているので、『未来を一緒に作れたらな』って思います」




