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一杯のお茶に心を込めて

岡山を拠点に戦う女子バレーボールチーム、岡山シーガルズ。特定の親会社を持たない、純粋なクラブチームである。2026年3月、その運営会社の代表取締役に就任したのが、髙田さゆりだ。選手ではない。四半世紀以上、マネージャーとしてチームを支え続けてきた人である。

髙田の原点は、一冊の歴史の本にある。

石田三成の「三献茶」。喉が渇いた豊臣秀吉に、最初はぬるめのお茶をたっぷりと。二杯目はやや熱めを少し。三杯目は熱いお茶をほんの少しだけ。相手の状態を思い量る、細やかな気配りの話だ。

「これこそ、私がやりたいサポートの形だって確信したんです」と髙田は語る。

人を支える役割に憧れた。1993年、大学を卒業した髙田は東芝に入社し、女子バレーボール部のマネージャーになる。会社と部の橋渡し、海外チームの受け入れ、遠征の手配。毎日が新鮮だった。そこで築いた人との関係が、今の経営の土台になっている。

1999年、すべてが変わる。

東芝女子バレーボール部、休部。

実業団が主流の時代だった。だが選手もスタッフも、誰ひとり諦めなかった。河本監督のもとで、バレーを続けたい。クラブチームとして再出発したい。髙田はクラブ化に奔走し、運営会社の立ち上げに加わった。

後ろ盾はない。ゼロからの出発は、想像を絶するほど過酷だった。資金がない。選手にスポーツドリンクすら買ってやれない。

「大きなヤカンで毎日お茶を沸かして、冷まして、練習場に運んでいました。今でも鮮明に覚えています」

憧れた三献茶とは、あまりに遠い一杯だった。それでも髙田は、毎日お茶を沸かし続けた。

富山での国体強化期間を経て、チームは岡山へ移る。監督の故郷であり、バレーボールの歴史が深い土地だ。新参者が伝統の地に飛び込む。楽ではなかった。だがその逆境が、地域との強い絆の第一歩になった。

今、シーガルズを支えるスポンサーは約350社にのぼる。その強さの源は、徹底した地域活動にある。

「人は人でしか成長しない」。河本監督の方針のもと、バレーボール教室、ストレッチ教室、高齢者向けの健康教室、食育、SDGs。スポーツの枠を越えた活動が、一年中続く。そして地域からの依頼は、基本的に絶対に断らない。練習時間を優先して断るチームも多いなか、選手もスタッフも地域へ出ていく。

祭りで選手が綿菓子をつくる。公民館で一緒にゲームをする。練習の合間に、おばあちゃんが孫の写真を見せてくれて、みんなで笑う。やがて子どもたちが、選手の名前を一人ずつ覚えて応援してくれるようになる。

「地域の方に育ててもらっている。シーガルズが皆さんの生活の一部になること。それが私たちの一番の強みなんです」

代表になって真っ先に手をつけたのは、組織の立て直しだった。かつては選手の給料すら満足に払えない時代があった。20数年をかけ、決まった日に給料を払い、賞与を出せる会社にした。

先日、苦労をともにした元選手が会社を訪ねてきた。今の体制を話すと、彼女は涙を流して言った。「本当によかったですね」。

だから髙田は、引退後のセカンドキャリアに力を注ぐ。約350社のネットワークを活かし、選手が引退後も岡山で長く働ける道をつくりたい、と。

目指すのは、最高峰のSVリーグでの優勝だ。ベトナム代表選手を受け入れるなど、体制の変革にも挑む。岡山に育ててもらったクラブが、日本一という結果で恩返しをする。その先に、関わるすべての人が岡山で幸せに暮らせる未来を描いている。

若い世代に、髙田はこう語りかける。

「悩んだら周りに発信して、たくさん挑戦して、失敗してほしい。ただ、最後の決断だけは必ず自分でしてください」

ヤカンで沸かしたお茶から始まった、四半世紀。相手を思い量る一杯の心は、今、クラブと岡山の未来を支えている。

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