現状維持は衰退

茨城県筑西市。首都圏から少し離れたこの地で、ひとつの信念を貫く経営者がいる。協和技研株式会社の代表取締役、杉山吉彦だ。彼の口から発せられるその言葉の端々には、現代の製造業が直面する本質的な課題への深い洞察が宿っている。「チャレンジしてるつもりは正直全然ない。現状維持イコール衰退だと思っていますから」杉山は、協和技研という企業の核心を貫く哲学を発した。

商業高校を卒業後、東京電力の子会社に入社。安定した生活、保証された将来。しかし「成長がない」と気づいた彼は、わずか1年半で退職した。成長できる他社で経験を積み、営業・管理・財務のすべてを身につけていく。だが、彼の運命を大きく変えたのは、28歳のときに起きた“家族からの一本の電話”だった。

義父が経営していた製造会社が経営危機に陥っていたのだ。すでに債務超過で、売上よりも仕入れと人件費が上回る構造的赤字。どこをどう見ても再建の余地はなかった。「最初は手伝いのつもりでした。でも帳簿を見た瞬間、終わったなと思いました」

それでも杉山は逃げなかった。従業員40人を路頭に迷わせたくなかったからだ。「無責任に会社を畳むなんてできない。誰かが責任を取らなきゃいけない」半年に及ぶ交渉と説得の末、彼は会社を一度清算し、事業を引き継ぐ形で新たに“協和技研株式会社”を立ち上げた。30歳のときだった。

銀行融資はどこからも下りず、会社の預金残高が30万円のまま、給料日を迎えたこともあった。それでも仕事を止めなかった。取引先に支払いサイトの短縮をお願いし、自転車操業の中で少しずつ信頼を取り戻していった。「来月どうやって支払うか。不安しかなかったですが、動いている限りはなんとかなると思っていました」

協和技研は今、ファナック、岩崎電気などの大手企業と取引を重ね、堅実な基盤を築いている。人の手でしか生まれない“確かな品質”が、再び多くの現場に求められている。なぜか。機械では対応しきれない繊細な工程、複雑な組立、微妙な調整。そうした領域に特化することで、協和技研は独自のポジションを確立してきた。大企業が見落としがちな、しかし確実に存在するニーズ。そこに杉山は商機を見出したからなのである。

FA、AI、IoT。製造業の現場では、いかに人手を減らし、効率化を図るかが至上の命題だ。そんな中で、杉山が選んだ道は真逆だった。「いろいろお話を受けますが、そういったところには目もくれず、ひたすら手作業にこだわっています。製造工程において、機械化できない作業はどうしても一定数出てきます。かつ、今人手不足が叫ばれている。我々が生き残る術がそこにあると確信して、そこにリソースを一点集中するようにしました」

激動の人生で社員を守り抜いた男は、こう語る。「いつか自分がいなくなっても、この会社が残るようにしたいですね」自社の枠を超えた社外展開、そしてM&Aを視野に入れた新たな挑戦。彼が見つめる未来は、“人の手”のその先にある。

「私でもなんとかなったんですから、みんななんとかなりますよ(笑)。でもまずは、不安になる前に、やってみてほしいですね。不安に感じる9割は、起きることなんてないですから。やることが、なによりも大切です」

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