古竹孝一氏は、1971年7月27日、香川県に生まれた。1997年、日本大学大学院理工学研究科交通土木工学専攻(現・交通システム工学専攻)修士課程を修了。その後、故郷の香川県高松市に戻り、日新グループでのキャリアをスタートさせた。彼の経営哲学は「人を辞めさせない会社づくり」であり、35歳という若さで日新グループ全体の社長に就任し、40歳で取締役会長となった。
2018年11月、古竹氏は47歳の誕生日に、いすみ鉄道株式会社の社長公募に応募し、代表取締役に就任した。いすみ鉄道は、千葉県大多喜町といすみ市を結ぶ第三セクター鉄道であり、黄色い車体と沿線に咲く菜の花で知られている。彼の就任後、いすみ鉄道は新たな方向性を模索し始めた。
古竹氏は、規模の小さい会社であることを逆手に取り、「全国いすみ鉄道支店長制度」や「い鉄クリエイター」など、型破りな施策を次々と打ち出した。また、アイドルの写真集の撮影場所を提供するなど、地域に根ざした活動を積極的に展開し、若手社員の意見やアイデアを取り入れる姿勢を示した。
彼のリーダーシップの下、いすみ鉄道は新たな人材の確保にも成功した。2022年には18歳の新入社員が26年ぶりに入社し、その後も新入社員の採用が続いている。さらに、地域の街づくりイベントを積極的に企画し、香川県での経験を活かして、地域活性化に取り組んでいる。
しかし、彼の道のりは平坦ではなかった。台風や豪雨災害、そして新型コロナウイルスの影響など、数々の困難が立ちはだかった。特にコロナ禍では乗客が激減し、厳しい状況に直面したが、彼はこれを「神様からのお告げ」と捉え、逆境を跳ね返すためのチャンスと考えた。
古竹氏は、いすみ鉄道を千葉県のハブとして位置づけ、地域と地域を繋げる役割を果たすことを目指している。彼のビジョンは、地域の人口増加に貢献し、リモートワークの推進に伴い、いすみ市や大多喜町の魅力を発信することである。また、国吉駅近くのシャッター商店街を「ブックロード」として再生し、地域活性化に寄与する計画も進めている。
いすみ鉄道で新たな挑戦を続け、地域と共に成長していくことを誓う古竹孝一氏のリーダーシップと革新的な取り組みにより、いすみ鉄道は地域社会との連携を深め、持続可能な発展を遂げている。彼の経営哲学と行動力は、多くの人々に希望と活力を与え続けている。

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役職
代表取締役
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氏名
古竹 孝一
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会社名
いすみ鉄道株式会社
逆境は受け入れろ
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