二度目の死を防ぐために、遺品の声を聴け

人は、必ず死ぬ。その逃れられない宿命を前にして、残された「モノ」たちは何を語るのか。

遺品整理会社・明日香サービス。その代表取締役を務める平木智之は、その堂々たる風貌の奥に、驚くほど繊細な哲学を宿している男だ。彼は遺品整理と生前整理という、死と生が交錯する現場に日々身を置き、ただひたすらに、主を失ったモノたちと対峙している。

平木の仕事は、単に部屋を片付けることではない。彼はそれを頑なに拒絶する。「作業にしてはいけない」と。

「作業と思ってしまうと、心が抜けるんですよ」と平木は静かに語り始めた。「遺品整理というのは、亡くなられた方のモノじゃないですか。作業として捉えてしまうと、その人が何を大事にしていたのか、何が好きだったのかが見えてこないんです」

効率化、スピード、コスト削減。現代社会が追い求める指標とは真逆のベクトルに、明日香サービスの矜持はある。彼は、依頼主が「時間がないから全部捨ててくれ」と急かすならば、「他を頼んでください」と断ることさえあるという。そこには、ただの清掃業者とは一線を画す、ある種の覚悟が見て取れる。

その原点は、彼が初めて請け負った遺品整理の現場にあった。場所は京都・祇園。亡くなったのは、ある芸妓の「お姉さん」だった。

部屋に残されていたのは、三味線や仕事道具の数々。それらは決してゴミではない。かつてその場所で生き、芸に生きた一人の女性の証だ。平木はそれらを無下に扱うことができなかった。仲間たちに残すべきもの、思い出として昇華させるべきもの。それらを選別し、磨き上げ、遺族や関係者に手渡す。その過程を経て初めて、整理は完了するのだと彼は悟った。

「これは残しておきます、と渡した時に、やっぱり喜ばれるんです。何を大事にしていたか、それを汲み取るのは経験しかない」

平木のこの徹底した「人間臭さ」は、彼自身のあまりに個人的な体験に根差している。彼が最も心に残っていると語るのは、自身の母親の死だ。

10年に及ぶ介護の末、母は逝った。だが、亡くなる前に彼は母の荷物を整理したという。生前整理だ。認知症を患っていた母が、懐かしい品々を手に取り、片付けていく中で、ふと正常だった頃の記憶を取り戻す瞬間があった。「こんなことあったよな」と語り合う時間。それこそが、本当の意味での整理だったのではないか、と平木は回想する。

「元々は、家族が亡くなった人の荷物を片付けて、形見分けをするのが本来の姿だった。それを業者がやる以上、その心は忘れたらあかんのです」

彼は、遺族と同じ感覚で現場に立つことを是とする。遺族が亡き人に寄せる想い、あるいは、亡き人が遺族に残したかった想い。その断絶してしまった糸を、遺品という結び目を通じて再び繋ぎ合わせる。それが明日香サービスの仕事だ。

平木は、死には二つの種類があると考えている。一つは肉体的な死。そしてもう一つは、「忘れ去られた時」に訪れる死だ。

「僕らは、その『忘れられる死』を防ぎたい。遺品整理は、思い出してもらうためのツールなんです。今まで縁が切れていたものが、また繋がる。そこには意味がある」

昨今、動画サイトでは「ゴミ屋敷の超速片付け」といったコンテンツが溢れている。何時間で終わった、どれだけ捨てた、という数字が踊る。だが、平木はその風潮に違和感を隠さない。そこに住んでいた人の人生を、単なる「作業」として処理することへの抵抗感だ。

「ただの作業だと、飽きてくるんです。同じことの繰り返しなんで」と平木は笑う。「でも、そこに意味を見出せたら、作業が変わってくる。仕事になるんです」

人が生き、そして死んでいく。その不可逆な流れの中で、平木智之という男は、残されたモノたちの「声」を聴こうとしている。誰かの生きた証が、無機質なゴミ袋に放り込まれて消えてしまう前に、彼はその欠片を拾い上げ、未来へと手渡す。

「人は必ずいつか死にます。だから死ぬまで、人の役に立ちたい」

そう語る彼の視線は、過去の遺品を見つめているようでいて、実はその先にある、残された者たちの未来を見据えているようだった。

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